苦手も素敵も、自分次第。

こんにちは、朋子です。

 

3月21日の春分の日

「宇宙元旦」でした。

 

宇宙のエネルギーでみると

春分の日が1年の節目になるそうです。

 

私も春分の日の数日前の瞑想後に

心から不要なものを

黒い鉱石として噴出し、笑

yuuhotoissho.hatenablog.com

 

 

すっきりした状態で

春分を迎えました。

 

 

 

その春分の日

義理の父の家に遊びに行ってきました。

 義理の父は

自分を大切にして

自分を生きている人。

 

つまり私にとっては、

 

「自分を生きる」ということの

先輩なわけです。

 

 

思いっきり外側意識で生きていた頃の私は、

それがわからなくて、

勝手に「難しい人」と決めつけてた。

 

 

義理の父は 

経済、国際関係、教育、

宗教、政治、哲学などの

難しい話が大好き。

 

※(私にとって

「難しい」だけであって、

義理の父にとっては

大好きな「趣味」なのだ)

 

ドイツが大好きで

ドイツのラジオ、

ドイツの哲学が大好き。

毎朝ドイツのラジオを聴いてる。

 

卓球、カラオケ、映画が大好き。

ビールとワインが大好き。

 

お酒を飲みながら

政治経済、宗教などの話題で

人と議論をするのが大好きです。

 

 

相手がそういう話題に

興味があるないに関わらず、

 

とにかく自分が好きな話題を

容赦なくふってくるので、笑

 

そういう話題に知識がない私は、

 

「最近の北海道の経済はどうなの?」とか

(私が北海道出身なので必ず聞かれる)

 聞かれても、

 

 

…えぇーっとーーー

 

・・・

 

…という感じなのだ。笑

 

 

 

最初の頃は

話についていけないのが辛くて、

 

頑張って答えたり

頑張って聴いたりして

 

それで勝手にしんどくなってたけど、

 

 

最近は、

私は会話を楽しめてるのか?

私はリラックスしているか?

私は無理してないか?

 

という「内側」に意識を向けて、

 

無理に話についていくのは、やめよう。

わからない、知らない、と正直に言おう。

そういう話題は夫にバトンタッチしよう。

私から他の話題をふってみよう。

 

というふうに切り替えたんです。

 

↑ こんなの、

 人と会話するうえで

 ごく当たり前のことだろが。

 と思うかもしれませんが、

 意識が外側に向いてると

 これはなかなかできないんです。

 

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…そしたら、気づいた。

 

 

義理父の話に、

私が「わかりません」

「知りません」と言おうが、

興味なさそうにお菓子を食べてようが、

ぽかーんと遠くを見ていようが、 

 

義理の父はニコニコして

とても楽しそうにしている。

 

夫と何やら議論になって

「それは違うでしょ」とか

「それおかしいでしょ」とか

夫から否定的なことを言われようが、

 

義理の父はニコニコして

とても楽しそうにしている。

 

 

相手からどんな反応が返ってこようが、

 

義理の父はニコニコして

とても楽しそうにしているのだ!

 

 

 

つまり

 

義理父のポリシーは、こうだ。 

 

ぼくには「好きな話題」というのがあって、

好きな相手だからこそ

好きな話題で話したい。

 

興味ないかもしれないけど

そこは譲れないので、

とりあえず話したいこと話させてもらうよ。

 

…というのがまず、

基本のスタンス。

 

 

で、自分の好きな話題で

好きな相手と議論できたら

それはそれでとても嬉しいし

とっても幸せ。

 

 

だけど、

 

相手が興味なかったり

自分の意見を否定されても、

 

それはそれでとっても幸せ。

 

 

とにかく

 

究極的には、

話題はどうあれ、

相手がどうあれ、

 

会話、態度、反応など

すべてを含めての

相手との交流が心底楽しくて、

交流すること自体が

幸せなんだ!!

 

 

義理の父の雰囲気から

私がひしひしと感じるのは、

 

 

ぼくの意向、意思、意見は

当然自分で大事にしてるけど、

 

あなたのそれも、

当然大事だよ。

 

ぼくもあなたも自由だ。

 

ぼくも好きなこと言うから、

あなたも好きなこと言っていいんだよ。

 

そして

 

あなたのどんな意見も聞きたいし、

それをぼくは尊重したいんだ。

 

という、

 

自分も相手も

徹底して尊重する

 

という意思。

 

それはなのです。

 

 

人間が大好きなんだなぁと思う。

個性や違いを本気で尊重してる。

家族への愛も深い。

 

それを、ひしひしと感じるんです。

 

 

 

 

今日、私が言いたかったことは、

 

「素敵な義理父自慢」

をしたかった訳じゃなく、 

 

「自分の意識次第で、

相手への捉え方が

こうも変わる」

 

ということなんです。

 

 

 

 

私が自分に自由を許して尊重すると、

 

同じように

 

相手が私の自由を許して尊重してる

 

ということに

 

気づけるようになるんだ!

 

これちょっとした感動でした。

 

 

 

「あの人苦手」って思ったり

嫌いな人がいることがよくない、

って言ってるのではないんです。

 

嫌い、苦手、全然OKです。

 

 

自分で自分に許してることは

相手にも許せるし、

自分も相手から許してもらってる、

ってことに気づくんだな、

 

って思っただけです。

 

 

 

私たちは、その日その時の

自分の心のコンディション次第で、

相手への見方が変わったりする。

 

これはもう、

自分も相手もお互い様なので

それはそれでいいと思うんです。

 

 

そしてこれ逆に見てみると、

 

誰かに何か言われたとしても

気にする必要ないってことですよね。

 

相手の捉え方の問題だから、

私が悪いんじゃない。笑

 

 

とにかく、

 

自分の意識は、

いつも整えておきたい。

 

ありのままの相手を知りたいし、

相手のいいところを見たいから、

 

自分の意識だけは、

 

いつも内側に向けて、整えておきたい。

 

 

 

いい春分の日でした。

義理のお父さん、ありがとう。

 

 

今日も読んでくれてありがとう(*^^*)

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